父と暮せば   黒木和雄監督インタビュー

(シネ・フロント誌 2004年3月15日 323号より抜粋)

P5〜 「美しい夏キリシマ」シネ・フロント作品賞・監督賞受賞インタビュー
   戦争にすっかり懲りた日本人が支持した憲法
   戦前と違い人々は必ず戦争を阻止するだろう

前略

『父と暮せば』に込めた今の思い

――この数ヶ月前まで、どうしてあの戦争の時代を生きた人たちは戦争に反対しなかったんだろうと思っていたはずなのに、今、イラクへの自衛隊派兵という事態に至って、映画に描かれた人たちと全く同じような状況の中に私たちは取り込まれているのではないかと感じるのですが・・・。

黒木 そうですね。この映画で一番大事なことは、誰一人戦争に反対する人がいないということです。戦争を支持しているんです、一人残らず。このことを見てほしいんですね。いつも戦争というのはそうなんです。反対した人もたしかにいたけれど、流れに流されてきた。
 ただ、戦前と戦後が違うのは、マッカーサーを中心にしたアメリカ民主主義が入ってきたわけですが、新しく作られた憲法、特に9条は、日本人の支持があって成立したと、わたしは思っています。単に押し付けられたものではない。それは戦争にすっかり懲りた日本人が、新しい憲法は間違っていない、いいと思って支持したものなんです。しかし、そのことと日常が切り離されていたんです。ですから朝起きて、飯食って、洗濯したり掃除したり、けんかしてるうちに、政治の世界ではイラク派兵がどんどん決まっていき、それを止めるチャンスを失っていった。そういうことをこの『美しい夏キリシマ』をご覧になって、日本の現状と自分の生活とに照らし合わせていただきたい。それが、この映画を作った私の希望です。
 今、戦前と違うのは、特に女の人に反戦が身についていることです。政治的な形で吹き出さないだけで、本当は戦争反対の意思を持った人が日本中にあふれていると思っています。反戦的なものが非常に根付いている。戦後の民主主義教育の利点が生きていると。そうじゃないと『・・・キリシマ』を作る勇気、作りたいという気持ちにならなかったでしょうね。観客に必ず届くだろうという確信がありました。楽観的なんですね。戦前と違って日本人は必ず戦争を阻止するだろうという気持ちが私には一方ではあるんですよ。みんな一見、反対していないように見えますけど、それはマスコミが封じているからです。国民全体が権力に賛同しているように見せかける報道が圧倒的ななかで、だけどもそう戦前のように成すがままにはしない、黙っていない。私は、民衆はそんなに甘くない、この60年、戦争がなかったことのプラス面がきっと根付いているという、どこか楽観的に見ています。

――そういう人間に対する信頼の気持ちが、新作の『父と暮せば』につながっているのではないかと思います。映画はまだ拝見していませんが、井上ひさしさんの舞台は、死んだお父さんと生き残った娘とのお話しを通して、戦争や原爆のむごさだけでなく、人間は信頼に足りうるすばらしいものだということが伝わってくるものでしたから。

黒木 ええ、そうしたいと思って作りました。佐藤忠雄さんとの対談でもお話しましたが、『TOMORROW/明日』では登場人物がみんな死んでいるんですよね。『キリシマ』は全部生き残っていて、それでいて全員どことなく後ろめたさを感じている。『父と暮せば』では宮沢りえさんが演じている女性は生者を、父親役の原田芳雄さんには長崎・広島で死んだ死者たちをそれぞれ代表させて、戦争で死んだ人間と生き残った人間がひとつの空間の中で出会い、そして向かい合うというものです。そういう意味では、この3本は「戦争レクイエム三部作」と銘打っていただいているように、広島と長崎と霧島が、そういう形でひとつになって、私の中での創作上のひとくくりの決着をつけたことになります。実は、『TOMORROW/明日』のあとに、『父と暮せば』を作りたかったのですが、このような作品に出資する企業がなくて、結局『・・・キリシマ』を作ったことで、ご覧になったプロデューサーたちが信頼をおいてくれて、『父と暮せば』を作ることができたんです。井上ひさしさんの戯曲は、日常の中に永遠があるというのでしょうか、日常的に生きている人間の中にこそ真実が隠されている。一見落語的な世界の中に人類の心理が、ダイヤモンドのようにちりばめられているんです。

――父と娘の二人芝居を映画にするというのは、大変なことだったのではないかと思うのですが

黒木 それは割合簡単なことでした。いい芝居は必ずいい映画になるんです。ぼくは非常に楽観的ですから・・・。ただ、芝居にお書きになったものを映像の時間と空間にうつすのが、大変差し出がましいことだったんじゃないかという、『キリシマ』の少年のような後ろめたさが、井上ひさしさんに対してもずっとありますね。

――是非7月31日から公開される『父と暮せば』を楽しみにしたいと思います。今日は、ありがとうございました。